〈食と美と健康〉咀嚼と健康な歯:豊かな表情

少し硬い漬物をバリバリ食べ、カズノコをプチプチ噛むのは楽しい。丈夫な歯を一生持ち続け、自分の歯でいつまでもおいしく食べることができるのは幸せなことです。しかし、食生活の変化に伴い、嚙むことが次第に疎かになり、色々な弊害が生じています。最近の子供は骨折しやすく虫歯が多いともいわれます。果物は、固いリンゴやカキは好まれず、柔らかいバナナやメロンなどが好まれるようです。お菓子についても洋生菓子(プリン、ゼリー、ケーキ類など)とスナック菓子(サクサクとした歯触りでとても噛みやすい)は増加しており、それに反し瓦せんべいなどの焼き菓子は減っています。特に硬い豆菓子などは、あまり見かけなくなりました。加工食品も消費者に好まれるように素材は細かく柔らかくしており、身の回りの多くの食べ物は噛み応えのない物に変わっています。
歯や口は、言葉を発するだけでなく、表情を作るのにも重要で、豊かな対人関係を築くには、健全な歯はどうしても必要です。食べ物は咀嚼により細かくされますが、この運動は食物の物性(固さや粘りなど)により大きく異なります。弥生時代から現代までの食事における咀嚼回数と食事時間を、復元食を用いて調べた報告では、卑弥呼のいた弥生時代では、咀嚼回数は3,990回で食事時間は51分。徳川家康のいた江戸時代初期には、咀嚼回数は1,465回、食事時間は22分と約半分以下になりました。また、戦前戦後で比較してみると、戦前が1,420回で22分に対し、戦後では620回、11分とさらに半減しました。すなわち、咀嚼回数や食事時間はどんどん減っています。噛むことは、虫歯・歯槽膿漏・歯列不正になりにくい。よく噛むと、食べ物に含まれる繊維や、頬や唇の筋肉の働きによって、歯の表面についた細菌や食物の汚れは落ち、歯茎も揉まれて強くなり、歯の周りの骨も丈夫になり歯槽膿漏に罹りにくくなります。唾液の分泌も多く、虫歯になりにくいと同時に、歯や顎の発達も良くなり歯列不正にもなりにくいといえます。

食べるのが極端に遅い子供がいます。噛む力(咬合力)が弱いのでしょう。咬合力には、個人差があるが鍛えられるのでしょうか。ある研究によれば、大人にチューインガムを6週間噛んでもらったところ、咬合力は10~20%ほど上昇しました。咬筋の活動電位をモニターした結果でも、確かに咬合力は増加しました。チューインガムの訓練を行った子供の母親の感想でも、子供達は、今までよりも食べる量が増え、食事時間も短くなり、またいろいろな食べ物に興味を持ち始めたそうです。次回は、噛むことと精神面や脳機能について考えます。
静岡県立大学名誉教授
農学博士 横越英彦 著
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