〈食と美と健康〉ウィスコンシンメモランダム(その3):私の栄養学の契機

私が名古屋大学大学院で栄養学を学び始めたのは、日本で栄養学がスタートして10年ほどたち、各大学では、どの様に研究を進めていくかの黎明期でもあった。それ故、自身のアミノ酸・タンパク質栄養の研究経過は、Wisconsin大学の栄養学の発展史と極めてよく似ている。実験動物としてラットを用いたが、その頃はラットの販売業者ができて間もない時であり、空調のきいた運搬車で配達されるのではなく、当時の国鉄の普通列車で送られてくるので、名古屋駅まで、受け取りに何度も車を出した。なぜなら、一晩,駅に放置されるからである。私が実験を始める数年前までは、ラットを研究室で繁殖させることもあったと聞いた。動物室の空調は必ずしも完全ではなく、実験台の下のスペースには、冬場の暖房器具がしまわれていた。
基本飼料を作成するとき、タンパク質、糖質、脂肪、ビタミン混合、そしてミネラル分については、McCollumが考案した塩混合を用いた。ラットを対象として、主に、食餌アミノ酸・タンパク質の量的・質的な影響を解析した。食餌タンパク質の違いにより栄養価が異なるのは、そのタンパク質を構成しているアミノ酸組成の違いによる。特に必須アミノ酸の組成や充足度が重要ですが、不足しがちなアミノ酸を補足しても十分な栄養効果が得られない場合や、かえって悪化するような現象があり(アミノ酸インバランス)、その機構を解明する研究を行った。

C.A. Elvehjem(エルヴィエム、Wisconsin大学)は、当時、原因不明の病気(ペラグラ:皮膚炎・下痢・精神障害)でアメリカ南部やヨーロッパで多数の死者を出していたが、ミルクを与えると軽減するので伝染病ではないこと、ニコチン酸(ナイアシン)欠乏であることをラットを用いて初めて明らかにした。ニコチン酸はアミノ酸のトリプトファンから生合成されることが後に解明された。A.E. Harper(ハーパー) はWisconsin大学を代表する20世紀後半の栄養学者であり、アミノ酸・タンパク質栄養学の確立者の一人です。私が行ってきた研究手法や概念は、Harperの影響を強く受けており(なぜなら、私の恩師:芦田淳・吉田昭両先生も彼の研究室で研究したことがある)、それ故、このメモランダムは彼の研究室を訪ねた時の記憶です。因みに私の修士論文のタイトルは、「個々のアミノ酸の栄養的代謝特異性に関する研究」でした。緑茶特有アミノ酸テアニンの中枢作用の研究は、思想的には Harper の流れの延長線上にあります。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)で脳神経内分泌学を習得し、アミノ酸と脳調節機構に関する研究を深め、栄養学に新しい「栄養神経科学」の分野を切り開いた。
静岡県立大学名誉教授
農学博士 横越英彦 著
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