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〈食と美と健康〉ウィスコンシンメモランダム(その1):栄養学発想の父・S.M. Babcock

紅葉と青空の下、真っ青に澄んだMendota湖畔に長く伸びたWisconsin大学の生化学及び栄養科学部を訪問する機会を得た。Wisconsin大学の栄養学が、これまで世界の栄養学に多大の貢献をしてきたことを知っていた。短期間の滞在ではあったが、私のまわりで幾人かの過去の栄養学者の名前を目にした。例えば、Henryモールにある生化学棟の入り口にはBabcock(バブコック)とHenryの銅板の肖像額があり、建物の裏にはBabcockホール、道路を隔ててSteenbock図書館がある。私はHumphreyホールに宿泊し、時々Elvehjem博物館に出かけた、といった具合である。これらの栄養学者がどの程度Wisconsin大学での栄養学に貢献したのか?あるいは、実験動物として初めてラットを用い、またビタミンAの研究で有名なMcCollumも確かWisconsinに関わっていたと思われるのに、なぜ記念碑らしきものがないのか?といった興味半分の関心から、Wisconsin大学での栄養学の歴史を少し調べた。(約40年前の回顧録である)

Babcockは、1843年10月22日、New York のBridgewater近郊の農村で生まれた。Cornell大学などを経た後、45歳の時Wisconsin大学に雇われた。Babcockは、科学的な研究に対しては極めて厳格であったが、親しみやすく、また大変なユーモアセンスの持ち主であった。しかし、彼の荒々しい笑い声で仕事の妨害をされた研究者から、ひっきりなしの大きな笑い声を差し控えるようにとの忠告も受けたが、彼はなんら影響されることなく個性的な生活を続けたそうだ。

彼は、有名なバター油の実験で(バターはその油成分に基づいて売買するようにさせ、水を混ぜた粗悪品の可能性やクリームを取り除くといったことを防止した)、合衆国全体のチーズと牛乳関連企業の急速な発展に対する基礎を確立した。また、牛乳の低温殺菌法の問題解決や、単一栄養素を用いての栄養評価法の問題点など、多くの課題について基礎的な業績を上げたことにより、Babcockは、Wisconsin大学のFather of Nutrition(栄養学の父)として認知された。

興味ある実験の一つに、塩の必須性と重要性を証明する研究がある。これは、Humphreyと共同でなされたが、例えば、畜牛を2群に分け、一方には、通常の方法で塩を与え、残りの群には塩を含まない飼料を与えた。数カ月後、外見・行動および生産力の変化から、塩欠乏の影響は明らかであったが、滑稽なことに、塩欠乏の牛は、冬の間、市街電車等の雪害を防ぐために塩を撒いていたが、その残渣をなめるため、街に逃げ出し、車道をなめ交通渋滞を引き起こし、市民から多くの苦情が出たという。また、大学のキャンパスでサーカスが催された時、牛はアイスクリーム冷凍庫からの塩水が投げ捨てられてあったところの芝生を食べ、穴を開けたという。これらは、塩欠乏に対する面白い栄養現象である。

静岡県立大学名誉教授
農学博士  横越英彦   著

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